注目の スーパーファン !移民の国カナダが生んだ 公認スーパーファン ナヴィ・バティアさんストーリー|特集 トロント・ラプターズ
ラプターズの試合を常に最前列で見守っている男性が一人いる。テレビで見る人が一度は目にしたことがあるだろう、ターバンをしているこの男性はナヴィ・バティアさんだ。67歳のバティアさんは、トロント・ラプターズの試合を一つたりとも欠かさず観戦している。今となっては「スーパーファン」という異名も付き、ラプターズ・ファンの間ではもちろん、カナダ全土でも有名になりつつある人物だ。
バティアさんはなぜこれほどまでにも熱心に試合に通い、ラプターズを長年応援し続けるのか。それには彼がカナダへ移住してきた際に味わった経験と深い関わりがあった。バティアさんとラプターズの深い関係を探るべく、今回はバティアさんのストーリーに迫る。
遅刻なし・途中退席なしで見守った全試合
彼とラプターズの歴史はチームの創設された24年前の1995年にまで遡る。そう、バティアさんはラプターズが誕生した時からずっとチームを見守ってきたのだ。そして、彼に「スーパーファン」という異名が付いているのにはきちんとした理由がある。チームが創設されて以来というもの、今まで(2019年6月7日現在)836もあったホームゲームを一つも欠かさず、会場で観戦してきたということだ。その上、今まで一度も遅刻したことや途中退場したことさえもないというから驚きだ。
実際、彼がある日試合に遅れそうになった時のエピソードをNBAのインタビューにて語っている。ラプターズの試合に間に合うべく、一度大渋滞を横切ろうとした経験があるという。その際、警察に見つかったバティアさん。しかし、バティアさんを見た警官は「有名なラプターズのスーパーファンのナヴィ・バティアじゃないか!今回は見逃してやるけど、次からはこういうことをしないように」と忠告し、バティアさんは捕まることなく試合へ行かせてもらえたという。800を超える試合を全て観戦しているその情熱には警察もまさに脱帽というところだろうか。
移民として味わった苦い経験
バティアさんがここまでラプターズに熱心である理由はどこにあるのだろうか。バティアさんがインドからカナダへ移住してきたのは1984年。バティアさん自身、トロントの大半を占める移民の一人だ。インドのデリーで生まれ育ったバティアさんは、大学で機械工学を勉強するために渡米。そこでシアターやレストランを経営したのち、家業に携わるべくインドへ帰国した。しかし、そこで目の当たりにしたのはバティアさんの宗教であるシク教に対するストライキだった。身の危険を感じたバティアさんは家族と共にインドを飛び出し、カナダへと渡った。
もちろん、カナダで仕事を見つけることは容易なことではなかった。彼曰く、「ターバンを被った毛むくじゃらの私を誰も受け入れてはくれなかった」そうだ。しばらくして見つけた勤務先は韓国の自動車メーカー・ヒュンダイのディーラーでの営業。大学で勉強したこととは関係ない職だった。さらに、ようやく見つけた職場でも他の店員から差別を受けたという。一方でバティアさんは他の店員に力を見せつけるかの如く、初めの三ヶ月でなんと127台の車を売ることに成功したそうだ。この記録はいまだに破られていないとバティアさんは語っている。
自身のコミュニティのイメージを変えるべく
そして1995年になると、トロント・ラプターズが誕生。バティアさんは彼らの最初の試合を見るべくチケットを二枚購入した。最初はほんの興味本位だったそうだ。そこからバティアさんはラプターズの虜になった。全試合を観戦し、コートでも一番大きな声で歓声を送っていたと豪語。 その情熱はラプターズにも伝わり、1998年には「スーパーファン」という文字が書かれたオリジナルのユニフォームをプレゼントされた。それをきっかけにバティアさんはラプターズの「顔」になったそうだ。
そんなバティアさんが各メディアに対して繰り返し語る「夢」がある。それは、「多くの人が持つシク教の人のイメージを変えること」だ。この夢は彼がカナダに移住した当初から変わらず持ち続けているものだ。ディーラーで働き始めた当初はもちろんだが、そのほかにも差別にあったエピソードが数多くあり、中でも印象に残っているものを彼自身がTEDトークにて共有している。
ある日、携帯電話を買いに行った際、白人の店員がバティアさんが入店するのを見て、電話していた相手にこう言ったそうだ。「迎えのタクシーが来たから電話を切るね」と。これを聞いたバティアさんは、この白人の店員に対して怒りを覚えたわけではなく、むしろ「ターバンを被った人はタクシードライバーだ」というステレオタイプを蔓延ったままにしている、自身を含むシク教徒のコミュニティに怒りを覚えたという。
この出来事をきっかけに、バティアさんは「シク教の人のイメージを変えること」に力を尽くすと決意した。彼の意志の強さはすぐさま行動に現れた。なんと、ヒンズー教の新年を祝う儀式、ディワリやシク教の新年を祝う儀式、バイサキの時期にラプターズの試合を提案をするなど、今までになかった取り組みをバティアさんはこれまで数多く行なってきた。
さらに、これらの試合では恵まれない子供達になんと3千枚ものチケットを購入するなど、トロントの様々な宗教に属するコミュニティにも大きく貢献をしている。このような活動が功を奏し、「かつては数えるほどしかいなかった南アジアの人々が今となっては何千もの観客がラプターズの試合を観にアリーナを訪れている」と自身のTEDトークにてコメント。この活動が大きく評価され、2013年には正式に「ラプターズの南アジアへのアンバサダー」という称号を与えられたという。
バスケットボールで「世界を変える」
カナダに来た当初はディーラーで働く同僚からいじめられるという経験をしたバティアさん。今となってはヒュンダイにとってカナダ最大でもあるミシサガ・ディーラー、そしてレックスデール・ディーラーの二つのオーナーとなった。このように仕事でも成功を収めたバティアさん。しかし、彼が恵まれた環境に置かれた今もなお、彼の強い意思が変わることはない。恵まれない子供達にチケットを与えるのはもちろん、自分にとって大事な一部であるバスケットボールを通して「世界を変える」のがバティアさんの大きな目的の一つだ。
バティアさん曰く「バスケットボールには人を一つにする力がある」。人種・性別・宗教関係なく、一つのチームを応援してトロント全体が一喜一憂する。実際、ラプターズはNBAの中でも一番幅広い人種を試合に取り込むチームとして評価された。「そのような場を設けてくれたラプターズに感謝したい」とバティアさんは改めてトロントにおけるラプターズの存在の重要性を強調した。
そして、ラプターズがついに初となるイースタン・カンファレンス・チャンピオンとなりNBAファイナルへと駒を進めた時に、CBCの記者であるムハンマド・リラ氏によりツイッターにて特集が組まれたこともあり、これを機にバティアさんの知名度も一気に上がった。
差別的な発言にも怒りで応じない
しかしながら、批判の声を浴びることも少なくはない。決勝に進む直前に対戦したミルウォーキー・バックスのファンにより差別的なツイッターが投稿されたのも記憶に新しい。しかし、これに対してバティアさんは怒りで返すことなく「私たちはみんな人間なのだから誰でも間違いをすることはある。でも彼はその後の試合で私の姿を見て、私のことを知り、間違っていたことに気づいたのです。そして彼は自ら私に電話をし、謝りたいと言ったのです。彼がしたことはとても勇気のいることです。彼はとても勇気のある人だったのです。だからこそ、私たちはこれを引きずることなく、前に進んでいくことが大切なのです」とCBCのインタビューにてコメントした。
信念は「バスケットボールは人を一つにする」
これらの姿勢や移民の子ども達をNBAの試合に何人も招待するなど彼の発言・行動はまさに「バスケットボールは人を一つにする」という彼の信念を物語っている。2019年、初のチャンピオンとなったトロント・ラプターズ。今後もバティアさんが応援を止めることもないだろう。これからも彼が一市民として、移民の代表として、多民族都市トロント、そしてカナダのバスケットボール界を引き続き盛り上げていくことを願う。写真: Facebook: Nav Bhatia Superfan Pageより