羽田圭介「人間関係断つ"安易リセット"は不可能」
人間関係をリセットしても人生は変わらない
――『滅私』では、主人公である冴津(さえづ)が物を捨てるのと同時に人間関係もよりスマートにしていく姿が描かれています。最近、こうした「自分にとって不要な人間関係を手放していこう」とする人が増えていますが、それについてはどう思いますか。
先日、ある方と対談をしたときに「明日、学生時代の友達と遊ぶんですよ」と言ったら、「偉いですね。最近は昔の友達とか、古くからの繋がりを切り捨ててしまう人も多いから」と言われて、びっくりしたことがあったんです。学生時代の友達と遊ぶことを褒められる社会ってどうなんだろうと思いましたけど、それぐらい皆、人間関係をリセットしたがっているってことですよね。
自分の足を引っ張るような人間関係を断ち切ることで、より高いステージに行けるとか、別のもっといい出会いが舞い込んでくるとか、そういった願望を抱いている人が多いのかもしれません。
勿論、本当に足を引っ張ってくる人からは距離を置いてもいいとは思いますが、まっとうな助言をしてくれている人に、言われた本人が拒否反応を示しているだけの場合もありますよね。ただ、本人はそうやって不要な人間関係を断ち切ったと思っていても、周りからしたら「突然連絡がつかなくなったヤツ」でしかないわけで……。人間関係をリセットして人生が変わった気でいるのは、実は自分だけかもしれません。
――物だけではなく人間関係も切り捨てようとする冴津のもとに、彼の過去の悪行を知る更伊(さらい)という人物が現れて、ことあるごとに冴津の心を翻弄していきます。更伊という人物を登場させた意図とは何でしょう。
物や人間関係は捨てることができたとしても、人間そのものは捨てることができませんよね。そして、相手という人間が自分に対して勝手に持っている「記憶」も、同様に捨てることはできません。
その記憶が「負」のものであるなら、自分にとって「不都合な人間」となって、どこかで生き続け、自分の人生に付きまとってくる。いくら物を捨てても、人間関係を切っても、自分では捨てることができない、どうにもすることができない存在として、更伊という人物を描きました。
――更伊の存在に脅威を感じながらも、次第に冴津の心が変化していきます。印象的だったのは、物を捨てることにこだわっていた冴津が、物語の終盤で「物によって救われていく」シーンでした。
例えば、民宿とかに泊まった時になんだか居心地の良さを感じる時ってありませんか。なんてことのない安いプラスチックのコップとか、手に取ると妙に落ち着くというか。
先ほど新潮社の書庫に行って、亡くなった作家が20年ほど前に使っていたであろう資料の束を紙袋ごと眺めたんですけど。明らかにもう捨ててもいいでしょうと思える資料もたくさんあったんですが、なぜだかそれらを見ているといろんな感情が湧いてきたんです。
言語化できない感情が次から次へと湧いてきて、物がもたらすパワーを改めて感じましたね。きっと物によって喚起される感情とか、そこから生まれる創造物って世の中にたくさんあるんだろうなと思うんです。
日本人が人生を劇的に変えようと思ったら・・・
――『滅私』を読んだ後、「自分の中に不必要な物や混沌とした物があってもいい」と許された気持ちになりました。人生をより良くするには断捨離をして、不要な物をどんどん減らしていかないといけないと思っていたので……。
この先、所得が増える見込みの少ない僕ら日本人の一定層が人生を劇的に変えようと思ったら、やっぱりミニマリストになるのが表面的には一番手っ取り早いと思うんですよ。物を買うのはお金が必要ですが、物を捨てるのは粗大ゴミ券とか、メルカリで売る手間だけで済みますからね。
それにどんどん物を減らして、何もない“がらんどう”の部屋にするのは、極端ですけど、変化が目に見えてわかりやすい。「人生変わった感」がより強く感じられるのは確かです。でも、それで自分が本当に幸せを感じられるかどうかはまた別の話です。一見、要らなそうな物とか、混沌とした物の中に自分にとって大切なものがあるかもしれないですから。
ちょっと話が飛躍しますが、世の中にある商品も視覚的なわかりやすさが重視されて、わかりにくいものが敬遠されてきているなと感じます。例えば、ハイブランドのロゴを前面に出したデザインが流行っているのも、わかりやすさが好まれている証拠かなと。
江戸時代、法被の裏側に丁寧な刺繍や絵柄が施されているものがあるんですけど、そういった見えないところにさりげなく個性を光らせる文化ってなくなってきていますよね。わかりにくさをも楽しめる、“粋な遊び心”が減ってきているのはさみしいことだなと思います。
――わかりやすいものが好まれている中で、羽田さんはどんな作品づくりを心がけていますか。
特に意識しているわけではないんですが、今回発刊した『滅私』と『Phantom』は、図らずもわかりやすく書いていたことに後から気づきました。4年ほど前に書いた『成功者K』は、自分でも2、3回読み直してみないとわからないぐらい、カオスにも感じられるある種の難解さがあったので。
『滅私』と『Phantom』については、結果的に自己啓発書のように読みやすい作品になっていましたね(笑)。小説が苦手で普段読まないという人も、読んだ後に「こういうメッセージなのかもな」って腑に落ちやすい内容になっていると思います。
漠然とした不安にどう立ち向かうか
――先が見えなくて将来に漠然とした不安を抱えている20~30代の若い世代も多いです。そうした世代に今、伝えたいこととは?
不安に対してどう対処したらいいのか、ひどく具体的に考えることが大切だと思います。就職できるか不安なら、採用試験に受かるために必要な学歴やスキルは何なのかを調べて身につけることが先決ですし。この先、日本で暮らしていくことに不安があるなら、海外に移住できるだけの語学力やお金の知識を身につければいいと思います。
不安をそのままにしておくから、余計に何をしていいかわからなくなる。不安の中身を詳細に突き止めて、それをクリアするためのベストな対策を打っていけばいいだけの話だと思います。
また、何のスキルもなしに就職しなかったり会社を辞めたりして、MacBookを片手に「稼げる情報商材」を売り出すとか。とりあえずSNSのフォロワーを増やしてインフルエンサーになろうとするとか。
そういう人たちは、例えば調理の技術を一から学んで、売りになるメニューを開発して、まずはキッチンカーで売り始めるとか、自分なりに試行錯誤しながら地道に積み上げていくことはしたがりません。
『滅私』と『Phantom』の中には、微妙に間違った言葉遣いや考え方を、自分なりに噛み砕きもせずコピーし、振る舞っている人たちが沢山出てきます。要は、極端なことを主張して稼いだり出世したりしている人たちの言うことを、鵜呑みにしないことですね。自分で考えるしかありませんよ。自分の身を振り返ってみてもそう思います。