沿って, smartwatches 30/04/2022

世界を本当に変えた日本人経営者を挙げるなら:「新しい資本主義」を疑え(前編):辻野晃一郎 | 2030年の経営者たちへ | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト

スティーブ・ジョブズは盛田昭夫を深く敬愛した(盛田の逝去直後に開かれたアップルの特別イベントで、盛田を追悼するジョブズ=1999年10月5日)(C)AFP=時事逃げない姿勢、時代認識、世界観――経営リーダーにはこの3つの素養が求められる。企業を通じて世界を変えるのがディスラプター(大変革者)だとすれば、その名誉はGAFAが独占すべきものではない。「新しい資本主義」のスローガンが独り歩きするこの日本で、本当に新しい価値と理念を生み出したといえる経営者は誰なのだろうか。前編と後編に分けて「新しい資本主義」とは何かということについて向き合ってみる。

全10回の予定で始まったこの連載も今回で9回目を迎えた。編集部から、『2030年の経営者たちへ』などという大それた連載タイトルをいただき、おこがましくも自分自身の体験に根差したまことに勝手な意見や見解を書き綴ってきた。

激変が続く世界における日本の埋没を直視した上で、その現実を好転させるための視点や行動のヒントを提供することを常に念頭に置いてきたつもりだが、話題がGAFAやマイクロソフト、テスラ、ネットフリックスなど米国発のディスラプターズ(大変革者)に偏りがちだったかもしれない。しかし、テクノロジーが主導する大変革の源流に目を向けるとどうしてもそうなってしまう。

一方、今後は老若男女を問わず、我々日本人も再奮起してニューノーマル時代を牽引する側で国際的プレゼンスを高めるような活躍を目指したい。そんな思いで、今回は私が個人的に尊敬する三人の日本人経営者のことを振り返りながら彼等からの学びを綴ると共に、「新しい資本主義」について考えてみたい。

まずはソニーを創業した井深大と盛田昭夫だ。最近、大学などで若い人達に向けて講演するような機会に、井深大や盛田昭夫の名前や写真を出しても、もはや知っている人はほとんどいない。すっかり歴史上の人物になってしまった。

これら創業者たちとの直接の接点を持てた最後の方の世代に属す私がソニーに入社したのは1984年だが、その頃はもちろん二人とも現役ですこぶる元気だった。彼らについて語り継いでいくことは、彼らの薫陶を受けた世代の責務でもあると心得ている。

私がソニーを初めて意識したのは、小学校低学年の頃だった。ある日、父親が初期の民生用テープレコーダーを買って帰ってきた。そこに録音された生まれて初めて聞く自分の肉声はまるで別人の声のようで、その時の衝撃は未だによく覚えている。当時の書体で「SONY」と綴られたロゴにソニーブランドがもたらす先進性と高級感を感じ、ソニーのイメージが脳裏に焼き付いた。母親は盛田のファンで、新聞などでソニーや盛田関連の記事を見つけるとよく切り抜いて私の勉強机の上に置いていた。

入社当時のソニーは全社が活気に満ち溢れていた。一人一人の社員達からは「自分達は世界一の技術で世界一の製品を作っているんだ」というプライドや使命感がひしひしと伝わってきた。

未知の領域に真っ先に踏み込み、画期的な製品を次々と生み出すソニーのチャレンジ精神の象徴が、医療用の実験動物として知られる「モルモット」だった。評論家の大宅壮一が、まだベンチャーだったソニーの新商品がヒットすると、大企業がそれを真似た商品を出して市場を奪っていく様子を、「ソニーは東芝のモルモット」と揶揄したためといわれる。

井深はこの発言に当初憤慨したそうだが、後に「たとえ、大手のモルモットと言われようとも、それによって日本の電子産業が発展し、消費者の生活が便利になれば、それでよいではないか」と前向きに受け止めるようになった。まさに先頭を走る者の矜持でありソニーの神髄はこの「モルモット精神」にこそあったのだ。

私は、後にグーグルに入った時の第一印象として、「昔のソニーみたいだな」と感じた。業態も時代も国籍もまるで違う別の会社ながら、こだわりの強い技術者が多く、若い人たちが誇りと自信を持って世界を相手に元気よく働く姿に何か通底するものを感じたのだ。

その時に、あらためて井深の自筆によるソニーの設立趣意書を読み返してみた。「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」の一節で知られるその設立趣意書には、井深の崇高な世界観が余すところなく表現されているように思えた。文体こそ古めかしいが、その理念は現代のテクノロジーベンチャーにも十分に通用する内容だ。

ソニーのチャレンジ精神、進取の気性は、すべての社員にとってのこだわりだった。皆、何をやるのでも、誰よりも先にやること、人とは違う方法でやることを常に意識しながら仕事をした。時にそれが傲慢な態度に映ったり、周囲との協調性を欠くように見えたりすることもあっただろう。実際、たとえば家庭用録画機のビジネスでは、ベータマックス方式の録画機を真っ先に商品化しておきながら、VHSとのフォーマット戦争でアライアンス作りに失敗して辛酸をなめた。

私はパソコンVAIOの事業立上げにも関わったが、すでにコモディタイズしていたパソコンを手掛ける時でさえ「中身はウィンテルでも、まったく新しいデジタル家電の世界を作る」と最初から強気を貫いた。他の日系パソコンメーカーの従順な態度とのあまりの違いに、マイクロソフトやインテルも当惑していた。最後発で参入したパソコンメーカーの新参者ながら、あっという間に市場を席巻出来たのも「モルモット精神」のおかげだろう。

ソニーでは、毎年品川のホテルの大ホールを借り切ってグループ全体の幹部を世界中から一堂に集め、「マネージメント会同」と称する丸一日掛かりの経営イベントを実施していた。1992年の当イベントのメインテーマは「パラダイムシフト」だった。これからのデジタル時代をどう生き抜くか、という真剣な議論をいくつかの個別テーマに沿って終日行った。「マルチメディア」などという言葉が流行っていた頃だ。今日(こんにち)でいえば、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)の時代にどう備えるべきか、そしてそのために会社を如何に変革させねばならないか、というような経営革新を迫る大テーマだった。

私も含め参加者全員が長時間にわたる白熱した議論やプレゼンに心地よい疲労感と充実感を感じながら気持ちを新たにしていた会の終盤、車椅子で参加していた井深は総括コメントを求められ、以下のような主旨のことを述べて2400人の参加者全員に大喝を入れた。

「今日、みなさんの話を聞かせてもらったが、ニューパラダイムの話でもなんでもなかった。デジタルだ、アナログだ、などというのは道具だてにしか過ぎず技術革新にも入るか入らないくらい。そもそも、パラダイムシフトというのは、コペルニクスが地動説を唱えてそれまで誰もが信じて疑わなかった天動説をひっくり返したようなこと。そのようなスケールでニューパラダイムを考える人が、21世紀に対する備えとして今のソニーに必要なので、そういう真のニューパラダイムの大ディスカッションをやってもらいたい。

パラダイムというのは決して真理でもなければ、永久にそれが続くわけでもない。我々は、デカルトとニュートンが築き上げたモノを中心とした科学が万能になっているパラダイムをぶち壊さなければ本物ではない。ハードウェアからだんだんソフトウェアが入ってきて、だいぶ人間の心的なものが出てきたが、単刀直入に人間の心を満足させることではじめて科学の科学たる所以がある。そういうことを考えていかないと21世紀には通用しない」

頭を思いっきりガツンとやられたような衝撃を受けたのは私だけではなかっただろう。井深は自分の遺言だとも口にしていたが、この5年後に89歳で亡くなった。

「ソニーは東芝のモルモット」と揶揄されたが、それはソニー精神の神髄とも言えた。井深大[右]と盛田昭夫(1967年) (C)時事通信フォト

アマゾン創業がこの発言の2年後の1994年、グーグル創業が井深の亡くなった翌年の1998年であることを考えると、井深が期待した真のパラダイムシフトは残念ながらソニーからではなく、ソニーの外から始まったということだろう。だが、井深は最期まで壮大な世界観で未来を見据える姿勢を失わなかった。当時のソニー社員への大喝は、今の日本の産業界全体への大喝でもあるように思える。

盛田昭夫についても代表的なエピソードを付け加えておきたい。

いつの時代にも、経営リーダーにまず求められる資質は、課題や相手から逃げず、正面から向き合う勇気や姿勢ではないだろうか。どんな苦境にも面と向き合い、逃げずに対処すれば出口に繋がる道も見えてこようというものだ。

ベータマックス方式で家庭用録画機を開発した1970年代、ソニーは著作権侵害でハリウッドから訴えられた。原告は、ユニバーサルスタジオとウォルト・ディズニー・プロダクション。並みの日系企業であればうろたえて示談に走り、機器の販売をあきらめて巨額の示談金を支払ってもおかしくないようなケースである。

これに対して、盛田は一歩も引かずに正面からこの訴訟を受けて立った。彼には、家庭用録画機の技術や商品が、一般ユーザーにとっても、家電産業の発展にとっても、さらには原告のコンテンツオーナーにとっても、「三方良し」の大きな利便性や新たなビジネスチャンスをもたらすという揺るぎない確信があったからだろう。盛田は「タイムシフト」という言葉を使って著作権侵害にはあたらないことを繰り返し主張した。

結果は、一審で勝訴、二審で一転敗訴、最終結論はワシントンDCでの連邦最高裁判所に持ち込まれ、9人の最高裁判事による再審議の結果、5対4で勝訴する、というきわどいものであった。提訴から結審までには実に8年もの歳月を要している。

しかし、逃げずに闘ったソニーが勝訴した結果、盛田の思惑通り、家電メーカーだけでなく、コンテンツの2次利用や3次利用という形で、原告のコンテンツオーナーにとっても新たな巨大市場が生れた。後のDVDやブルーレイ市場などにも発展し、さらには現在のネットフリックスやアマゾンプライム・ビデオ、ディズニープラスなどのSVOD(Subscription Video On Demand)市場にも繋がっていることを考えると、産業史的にも大きな意味を持つ判決を勝ち取ったといえよう。すなわち、現在のネットフリックス隆盛の源流をたどれば、それは盛田がハリウッドからの脅しに一切屈することなく、一歩も譲らなかった姿勢にたどり着くということだ。少なくとも私はそう解釈している。

三人目は出光興産を創業した出光佐三だ。『日本人にかえれ』の著作もある出光は、日本人であることへの強烈なこだわりをもつ経営者だった。

太平洋戦争で資産のほとんどを失ったが、復員してくる社員の首を一人も切ることなく受け入れ、玉音放送の2日後に全社員を集めて「愚痴を止めよ」と告げた。さらに「戦争に負けたからといって、大国民の誇りを失ってはならない。すべてを失おうとも、日本人がいるかぎり、この国は必ずや再び起ち上がる」と述べ、「ただちに建設に掛かれ」の号令と共に数々の艱難辛苦を乗り越えて出光興産の再興を果たした。

出光佐三は「互譲互助」など日本独特の思想、文化、精神性を大切にした (C)時事

「大家族主義」や「人間尊重」に基づいた独自の経営哲学を持ち、欧米型資本主義や合理主義に警鐘を鳴らして、欧米石油メジャーなどからの不当な圧力にもひるまずに正面から対峙した人だ。「黄金の奴隷になるな」と自らを戒め、「互譲互助」など日本独特の思想、文化、精神性を大切にした。出光にもさまざまな逸話があるが、代表的なのは日章丸事件だろう。

戦後独立こそしていたものの欧米諸国の利権争いに翻弄されていたイランは、当時世界最大とされていた同国の石油資源を、英国石油メジャーのアングロ・イラニアン社(BPの前身)の管理下に置かれていた。そのため、イラン国庫にも国民にも石油の恩恵が回らない状況にあったが、同国は1951年に石油産業の国有化を宣言、西側諸国の追い出しに掛かった。これに反発した英国は、中東に軍艦を派遣し、「イランに石油買付に来た外国タンカーを撃沈する」と国際社会に警告する。経済制裁や禁輸措置を強行する英国にイランは態度を硬化させ、一触即発の状況になっていた。いわゆるアーバーダーン危機である。

一方、戦後、連合国による占領を受けた日本は、占領終結後も米英の強い影響下にあり、独自ルートで石油を自由に輸入することが出来ず、それが経済復興の大きな妨げになっていた。

イラン国民の困窮と手足を縛られた日本の早期経済復興を憂慮した出光は、英国のイランに対する経済制裁に国際法上の正当性は無いと判断、原油買付のために自社のタンカー「日章丸二世号」をイランに派遣することを決意した。英国海軍からの攻撃や捕獲を覚悟して神戸港から極秘裏に出港した同船は、航路を偽装するなどで英国海軍の目を逃れつつ海上封鎖を突破してイランから原油を持ち帰ることに成功したが、これは当時まだ中小企業に過ぎなかった出光興産が丸腰で「英国に喧嘩を売った事件」として国際的にも大きな注目を集めた。

アングロ・イラニアン社は、積荷の所有権を主張して出光を提訴し、日本政府にも出光への行政処分を要求して圧力を掛けたが、国内世論と国際世論を味方にしていた出光の正当性が認められて最終的には出光の全面勝利に終わった。この事件は、日本と産油国の直接取引の先駆けを成したものであり、世界的にも石油をメジャー支配から解放して自由貿易を促すきっかけになったものとされるが、何より敗戦で自信を失っていた当時の日本国民を大いに活気づけた。

ロシアによるウクライナへの侵攻が現実化した今、当時の出光の勇気と覚悟がいかほどのものであったかを思うとなおさら胸に迫るものがある。 (後編につづく)

*『ジェフ・ベゾスは言う、「10年経っても変わらないものこそが重要だ」:「新しい資本主義」を疑え(後編)』は、こちらのリンク先からお読みいただけます。

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