不整脈の専門医に聞くApple Watch「心電図」の正しい測り方--不整脈が記録されたときの対処法は?
1月に行われた「iOS 14.4」と「watchOS 7.3」のリリースによって、日本でもApple Watch(Series 4、5、6が対応)で心電図アプリケーションが利用できるようになった。せっかく使えるようになったこの新しい機能を、日々の健康管理にどのように役立てればよいのか。
国内でいち早くApple Watchを活用した心臓疾患の診療に取り組んでいる慶応義塾大学病院循環器内科の木村雄弘医師に、Apple Watchでの心電図の正しい測り方から心電図アプリケーションでわかること、どう活用すればよいかなどを聞いた。
2021年1月に行われたiOS/watch OSのアップデートにより、電気心拍センサーを搭載するApple Watch Series 4、5、6では、心電図の記録が可能になった。「不規則な心拍の通知機能」は、光学式心拍センサーを搭載するApple Watch Series 3以降で使用できる――日本でもようやく、Apple Watchで心電図がとれる機能が解禁になりました。早くからApple Watchのヘルスケア機能に着目して来られた医師としての立場から、今回の解禁をどのように見ていますか?
木村氏:医療従事者として目にできる検査のデータは、患者さんの来院中のデータに限られます。一方でスマートウォッチやスマートフォンのようなデバイスは、身につけている間、病院外での日常生活のさまざまなデータを蓄積し続けています。こうした日々の生活に基づくヘルスケアのデータを、生活指導や治療に役立てることに興味を持って取り組んできた経緯があります。ヘルスケアデータは未だ医学的意味や解釈が統一されていないものが多いですが、心電図は確立したデータとして扱えるのが大きな違いです。米国では2年前から利用が可能でしたので、本邦での解禁を待望していました。
――心電図アプリケーションが使えるようになったことで、どのようなメリットがあるのでしょうか?
木村氏:心電図検査は、誰もが健康診断などで1度はやったことがあると思います。しかし心電図というのは、年に1度の数十秒の検査で大丈夫だったからといって、心臓に問題がないと言うものではありません。不整脈や狭心症など、発作的に起こる病気は、心臓に異常があるときの心電図を記録することで、はじめて診断ができます。症状がある場合は、その時に心電図を記録することで、その症状が心臓に起因するものかを判断できます。一般に、長く心電図を記録すればするほど、病気を診断できる率は高くなると報告されています。病院では、24時間心電図を装着するホルター心電図が行われますが、それでもその日はたまたま症状や発作が出なかったという場合も多いです。
普段から身につけているApple Watchで、いつでもどこでもだれでも心電図を繰り返し記録できるようになったことは、デジタルヘルスケアの大革命だと思います。気になる症状があればいつでもセルフチェックができますし、症状がなくても定期的に記録することで、隠れた心臓の状態の変化を見つけられる可能性があります。
Apple Watchの心電図アプリケーションは、医薬品医療機器総合機構(PMDA)に医療機器として認可を受けている――医療機器としての承認を受けたことで、データを記録できるようになっただけでなく、医療に活用しやすくなったとも言えるのでしょうか?
木村氏:そうですね。家庭用プログラムとしての医療機器の承認ということで、質が評価されたヘルスケアデータとして扱うことができます。しかし、これは、そのデータや結果を鵜呑みにして診断や治療を行っていいということではありません。医師はあくまで診療の補助として活用するだけです。今回は心電図ですが、今後、様々なヘルスケアデバイスで、量と質を兼ね備えた情報が収集できるようになるでしょう。ヘルスケアと医療の間の溝を埋める、新しい領域と捉えています。
――心電図アプリケーションでは、具体的にどのようなデータを記録できるのでしょうか?
木村氏:健康診断で心電図検査をするときには、手足や胸の周りにいくつも電極をつけて記録をしますよね。心臓の動きを電気的に12の角度から記録をしているのですが、Apple Watchで心電図を記録する場合は、Digital Crownを触ることで、そのうちの1つに似た記録をする仕組みです。
――その波形が「心房細動」の兆候を検知するのに役立つ……とのことですが、この「心房細動」とはどのようなものですか?
木村氏:心臓は電気で動く臓器で、心房から心室へと電気が伝わり、規則正しく交互に動くことで、血液を運ぶポンプの役割をしています。その電気の流れを記録したものが心電図です。電気の流れが異常なために、心臓が正常とは違う動き方をすることを「不整脈」といい、電気の流れ方によってすべて名前がついていますので、不整脈には多くの種類があります。心房細動はその不整脈のひとつで、「心房が細かく動く」と書きますから、心房が震えるように動きます。その結果、脈がバラバラになるので動悸として脈の違和感を感じる方もいますが、全く無症状の方もいます。また、心房細動になると心房がうまく収縮しないので、血液がよどみ、血液の塊(血栓)ができてしまうと、脳梗塞を引き起こしてしまいます。そのリスクは心房細動がない方と比べると5倍ともいわれています。しかも、心房細動の患者数は国内で100万人以上、年齢とともに増加し75歳以上の5〜10%とも言われ、珍しい不整脈ではありません。
心房細動が原因で起こる脳梗塞は、年齢とともに動脈硬化が進むことが原因で起こる脳梗塞とは違い、若い人にも合併しますし、しばしば致命的となり、後遺症も大きく、再発する可能性も高いこともわかっています。無症状だった方が半身不随になってから心房細動と診断される例も少ないとは言えず、世界中の医者や企業が、そうなる前にどうにかして心房細動を捕まえるための努力をしています。病院外で個人が積極的に心電図を記録することは間違いなく病気の早期発見に役立ちます。心房細動の心電図の記録が1枚あるだけで、脳梗塞の予防策を講じることができます。
――心電図アプリケーションは、いつどのように使えばいいのでしょうか?
木村氏:家電量販店でも売っている携帯型の心電計を患者さんに使っていただくときは、血圧測定と同様、朝晩1日2回と、何か心臓に不快感があった時、たとえば、動悸とか、痛みなどがあったときに記録してくださいとお願いしています。しかし、症状のあるときに限って携帯心電図を持っていないというのがよくあることでした。Apple Watchの場合は、心電図を記録する以外の目的で常に身につけていますので、いつでも記録ができます。症状のあるときだけではなく、自分の生活リズムの中で、無理なく継続的に記録するよう習慣化していただくのが良いと思います。1度記録して、次はまた忘れた頃に、というのでは、意味がありません。記録の頻度を増やして自分の健康の変化に気づくことが大事です。
具体的な記録のタイミングとしては、少なくとも何らか違和感や症状がある時には、記録していただきたいです。ストレスが多いときとか、寝不足のときとか、あるいは深酒した翌日は、不整脈が出やすいと言われています。
実は今われわれが「Apple Watch Heart Study」として臨床研究を行っている目的の一つは、どういうときに記録すればいいのかということを明らかにすることです。Apple Watchが記録するライフスタイルを反映した様々なヘルスケアデータとあわせて、今、記録した方がいいですよというタイミングをお知らせできるようなアルゴリズムを構築することを目指しています。
Apple Watch Heart Studyのアプリ画面