沿って, smartwatches 18/02/2023

【初春ゆる対談】ソニー「wena 3」から見えてくる、あのソニーがかえってきた論

昨年、買い物をした中で、毎日使っているのに、まだ記事で触れてないものにソニーのwena 3があります。詳細については、(時間があれば)長期レビュー記事を書きたいと思っていますが、このプロダクトが持つ「ソニーっぽさ」が何なのかについては、ウチだけでなく他媒体も言及しきれてなかった気がします。実際、ギズモードの記事でも「ソニーのスピリッツを感じる」という意見がすごく多かったので、そのことがずっと心残りでした。

そこで昨年、たまにお茶しにいくときはこの人ばかりだったフリーランス編集者、長谷部 敦氏にお話を聞くことにしました。 元GoodsPress/BestGear編集長で、現在はMasteredのスーパーバイザーなどを務める、プロダクトを追い続けてきたスペシャリストです。

…というのは表向きで、wena 3を発表したときにソニーがオンラインの特別番組をやっていて、見ていたらたまたまそこにゲスト出演していたので、「なんだ、ソニーのお墨付きなら長谷部さんに聞くか(俺もソニー好きなのに)」と思ったのが主たる動機です(ギズモード編集長・尾田和実)。

尾田:ギズモードでは、Apple Watchが登場したとき以来の対談だね。言いたくないけど、かれこれ7年前で記事はもうない(笑)。当時はスマートウォッチってまだなじみがなかったから、どう評価したらいいのか手探り状態だった。ギズでは、ガジェット的な側面は理解できるけど、時計としての評価基準をまだ持ってなかった時代。そのとき、僕よりちょっと時計に詳しい長谷部氏にご指南いただきました。

長谷部 :確かに、ちょっと詳しい(笑)。でも、モバイルインターネットと腕時計の両方をそれなりに取材してきた人は珍しかったからね。あの時は、Apple Watchの時計としてのクオリティーについての話をしたよね。最近は時計メーカー発のスマートウォッチもいろいろ出てきているから、質感はどの製品も急速に向上しているけど。エレクトロニクスと時計では、モノづくりの思考もディテールの追い込みもまったく異なるんですよ。その壁を最初に超えてきたのは、やっぱりApple Watchだったね。

個人的には、メッシュベルトの時計が好きなんですけど、メッシュベルトってセンシティブで高い工作技術が要求される。Apple Watchは最初からリーズナブルな価格でハイクオリティなメッシュベルト(ミラネーゼループ)を実現していて、やっぱり質感に対する意気込みはハンパじゃないなって話をしたよね。

尾田:あのとき、本体そっちのけでベルトのことばっかり喋って少しヒンシュクをかっていた(笑)。でもApple自体は、当時から時計はスマホとは違うんだっていうことをよくわかってたよね。発表会でファッション界の大御所を大量に呼び込んだりさ。ガジェットの弱点って、伝統と専門性。ある種の憑依体質に対する総称であって、実体がないもの故の宿命があるんですよ。例えば自動車が急速にガジェット化していて、EVや自動運転がトレンドになってるでしょ。

長谷部:ついにポルシェも出してきたしね。

尾田:そうそう。一方でテスラみたいな、最初から電気自動車でスタートした会社も進出してきている。レガシーな自動車メーカーとそうじゃないメーカーが手がけるクルマには歴然とした違いがありますよね。乗り心地とかドライブフィールとか、よくなってきているとは言われるけど。やっぱり「いろいろ便利そうだけど、そもそもクルマとしてどうなの?」っていう疑問は残る。初期のモデルは自分も試乗させてもらってそう感じざるを得なかった。テスラもスマホも、ハード的な構成要素でいうと大差ないわけじゃん。なんでもソフトで解決しようとするし、エンジンもないし。こういう“道具としてのアイデンティティー”に対する対立軸は常にあって、時計でも車でも家でも、既存のジャンルがガジェット化していく過程で出てくる課題感って、ほとんどここだと思う。

スマートウォッチによる時計産業の変質と、腕時計の“役割”

長谷部:スマートウォッチの登場には、これを利用することによってライフスタイルがどう変化するかという期待感があったけどね。スマホが登場した時は、SNSが普及してコミュニケーションが大きく変わったけど、スマートウォッチでもそういう大きな変革が起きるのかなって期待してたのに意外とそうでもなくて。

今のところはスマートフォンと連動する便利な道具ってレベルに留まっちゃってる。

尾田:その辺は、意外と進化していないんですよね。

長谷部:腕時計って、“時刻を知る”という実用的な意味では、とっくに役割を終えているアイテムだと思うんです。でもスイスの時計産業は、クォーツの普及でダメになりかけたときに、職人が手作業で組み立ててゼンマイで動く“工芸品という価値”をアピールして、大きな市場を再編したという歴史的な経緯があるわけですよ。

スマホがデジカメの市場を侵食していったように、腕時計も、ケータイが出てきたときに不要なんじゃないかって意見はあったけど、そこもなんとかクリアして今がある。スマートウォッチによって時計産業は確実に変質しているけど、その先に何があるのかってことは非常に興味深いですよね。

尾田:Apple Watchも第3世代くらいまでは使っていたけど、どこでも見るようになってから使わなくなっちゃったんですよ。文句なしに優れたプロダクトなんだけど、時計って他の人とかぶるとかなり冷める。やっぱりファッションであり、自己のアイディンティティを示すものだから。

長谷部:初期のApple Watchに飛びついた人たちは、コモディティとは違う新しい何かを常に探している人たちでしたね。今じゃ珍しくなくなっちゃったけど、それもデジタルガジェットの宿命ですよ。アップルはそこを理解しているから、エルメスとコラボしたりしているんだろうけど。

尾田:ちょっと前に、とある新聞社から頼まれて、ベストなスマートウォッチを選ぶ企画で審査員をしたことがあったんですよ。市場に出てるほとんどのスマートウォッチを集めてチェックしたんだけど、そのときにソニーのwenaもあった。僕はヴィンテージの機械式時計が好きなんだけど、ベルト部分に機能を持たせている点に惹かれたんだよね。それなら自分の古い時計も付け替えて活用できるから。だから、wenaのことは前から気になっていたんだけど、当時のwena 2はSuicaも対応してなかったし、まだ僕の求める機能レベルに達していなかった。それでも新しい方向性を示唆しているポイントを高く評価して、かなり上位に推薦したんです。

【初春ゆる対談】ソニー「wena 3」から見えてくる、あのソニーがかえってきた論

長谷部:デジタルガジェットとしての視点でいえば、wena 2はまだ弱かったよね。

尾田:初号機やwena 2を持っている人には悪いけど、弱かった! だから審査員で推していたのは僕だけ。著名なテック・ジャーナリストやライターが勢ぞろいしていたんだけど、さすがのソニーでも評価は低かった(笑)。

今回のwena 3に関しても、ギズモード編集部で発売前に盛り上がっていたのは僕しかいなかった。綱藤さんとか、いくら今回のwenaはすごいんだと説明しても不思議そうな顔をしていた。プレス向けの発表会に誰もいこうとしないから一人で行った(笑)。

でもwena 3の実物をチェックしてみたら、本当に性能が格段に向上していてびっくりした。ディスプレイも、以前は新幹線の客席にあるニュース表示みたいな感じだったけど、今回はちゃんといろいろな情報を表示できる。それと、Suicaなどの電子マネーが使えるようになったのはすごく便利。

長谷部:wena 3は以前のモデルよりも明らかに気合いが入り方が違いますね。ディスプレイのクオリティが上がっているのに、本体自体は小さくなってる。このディスプレイは表示フォントまできちんと計算してデザインされているよね。身につけるものとしての質感が高い。今回のwena 3はデジタルガジェット好きよりも、むしろ腕時計好きがターゲットって感じがする。

尾田:時計に興味がないガジェット好きには、wena 3の良さはあまり理解できないかもしれない。進化してはいるけど、Apple Watchと比較すると…だから。特にアプリがまだまだですよ。だけど意外とギズモード読者には引っかかるみたいで、wena 3が発表されたときの記事はすごくヒットしたんですよ。なぜだ?ってチェックしてみたら「やっとソニーらしいスマートウォッチが出た」という意見が多かった。

長谷部:ソニーらしさってことは期待されていたでしょうね。ソニーの歴史を振り返ってみれば、たとえばウォークマンが出てきたときに人々と音楽の関係性を変えたように、ライフスタイルに影響するような製品がたくさんあったじゃないですか。腕時計というカルチャーを若い世代に伝えていくためにもスマートウォッチは重要だと思うし、wena 3は、ソニーが“腕時計カルチャー”を踏まえて生み出した製品って感じがする。

尾田:ウォークマンやAIBOなど、それまで世の中になかった新たな価値観を生み出すっていうのがソニーの持ち味ですからね。マーケティングからはみ出して、思いつきで開発したような製品をたまに出すでしょ。もちろん全然売れなかったものもいっぱいあるけど、その中から僕らのライフスタイルを大きく変えるようなものが生まれてきたのも事実で、wena 3にはそういう匂いを感じる。

長谷部:ソニーに限らず、日本のメーカーって多かれ少なかれそういうことをやってきた歴史があるわけですよ。ところが今はマーケティング先行で、確実に売れる商品を作ろうとして無駄を省いていく。その挙げ句に、単なる価格競争になって、海外メーカーに市場を奪われる結果になっちゃった。でも普通のマーケティングで吸い上げられるデータって、過去の欠点を直すみたいな一元的なものでしかないでしょ。wena 3みたいなゼロかイチかみたいな製品って、普通のマーケティングからは生まれないと思うんですよ。

尾田:ソニーはもともと社長がエンジニアだった会社だから、まだそういう遺伝子が生きているのかな。今のソニーは、センサーの会社だと思っています。なんだかんだいって、ダイソンがモーターの会社で、テスラが電池の会社なんだとしたら、今のソニーはセンサーのエンジニアリングの会社なんですよ。代表的なのがカメラだけど、去年CESで自動車を発表して話題になったときも、「ああ、これクルマをだしたいわけじゃなくて、自動運転用のセンサーを試したいんだな」って思った。心底エンジニア。wena 3のセンサーが独自方式(加速度センサーとデュアル光学式心拍センサー)を採用しているのも、そういうエンジニアリング企業としてのこだわりなんだろうね。

長谷部:wenaは若いプロジェクトチームに「やってみろ」って託したことで生まれた製品。このプロジェクトのトップにいる人は、もともと学生時代からこういう製品のコンセプトを持っていた人で、それがそのままソニーに入ってwenaのプロジェクトに発展していったんですよ。

wena 2から3になって、表示ディスプレイは大型化してバッテリー容量も上がったけど、全体のサイズは2/3くらいにコンパクト化された。小型化ってソニーが培ってきたノウハウの真骨頂だけど、wena 3の小型化に関する技術は、かつてソニーエリクソンにいたケータイのチームが関わっているんだそうです。そういうところにちゃんと伝統は生きてるんだなって感心した。

ぼくらがソニーに期待すること

尾田:ソニーにはちょっと飛び抜けた発想を感じる一方で、伝統を大事にする美学もありますよね。自分たちは時計メーカーではないって認識は当然あるだろうし、だからこそ時計の部分は時計メーカーに任せて、あえてベルトの部分で勝負するって発想なんだと思う。

長谷部:腕時計の歴史に対するリスペクトを感じるね。シチズンやセイコーといった日本の老舗とのコラボにしても、日本の腕時計カルチャーを盛り上げようという気概を感じます。時計のヘッド部分をデザインしているのが、山中俊治さんやジウジアーロなど、すでに時計業界で傑作を生み出してきたデザイナーたちなのも、きっとそういうことでしょう。山中俊治さんのデザインはすごく良くて、僕の場合はあのヘッド部分が欲しくてwena 3を買ったようなところもあるからね。

尾田:単純に時計として見てもクオリティ高い。

長谷部:実用的な機能も大幅に増えたし、手持ちの好きな時計と組み合わせて使えることを考えると、従来の時計ファンにも響くと思いますよ。ただ、個人的には時計の交換がもう少しラクだといいかな。バネ棒で付け替えるタイプなんだけど、今の構造だと少し交換が面倒くさいんで、もっと気軽に時計を付け替えられるようになると、時計ファンに強くアピールできると思う。次のバージョンではそこに期待したい。

尾田:重量も装着感もかなり良いですよね。そこはかなり研究していると思う。ただこれはwena 3に限った話ではないけど、どうしても時計って、PCのキーボード叩いている時に、バックルがテーブルに当たって邪魔になるじゃないですか。ゴリラガラスを使っていて耐久性は問題ないんだろうけど、リモートワークのときにちょっと鬱陶しいのはなんとかならないかな。

だからwena 3も時計にこだわらずに、単なるブレスレットやリストバンドとして使えるようにしたら面白いんじゃないかと思っている。左手は普通の時計。右手はwena 3のリストバンド。そうすればwena 3のディスプレイの位置を上にもできるし、右手の方が改札でピッってしやすいでしょ? 今のところ、デザインのいいバンドがないから、ギズモードで商品開発しようかな(笑)。

長谷部:やっぱりリストバンドの長所はうまく活かしたいよね。ディスプレイが横長なのもリストバンドの形状を生かしたおかげだし、LINEやメッセージなどのちょっとした文章の通知もラクに読めるのがいい。

尾田:通知のテキストはほかのスマートウォッチよりも全然読みやすいよね。一行の情報量が多いから日本語表示に向いていると思う。他社があまりやってない表示方法だし、いろいろな発展性があるんじゃないかな。そういうインターフェース面からも従来のスマートウォッチメーカーとは視点が違うのを感じるし、ソニーらしさがいい感じで発揮できた製品だと思う。

長谷部:そうだね。ひさびさにワクワク感を感じさせてくれるプロダクトだと思います。

Photo: 小原啓樹